和術慧舟會若杉道場

ナイスミドルその五

中年の若杉です。

今回は若杉blog「稽古千日勝負一瞬(仮)」によく登場する中年のオスカー綾塚選手のフェイスブックでの内容です。

本人には了解を得て載せてます読んでください。

若杉はカッケェー中年に成りたいのです。

先ずはBGMです。

織田哲郎

このまま君だけを奪い去りたい

では、いきます。ところどころに入る写真は若杉がいれたオスカーの写真です。写真です。

↓↓↓↓

最初に…

長文です。相変わらず。

暇な人は読んでください。

参考になることもあれば参考にならないこともありますが…(^_^;)

(ФωФ)…

3月13日、大分で行われたREVOLUTION10に出場させて頂きました。

PRINCE KICK-BOXING CLUB(PRINCE KC)

主催の大会です。

僕はこのPRINCE KCの大会に今回が5度目の参戦になります。

今回の対戦相手は

宮崎の近田道場、杉本祥 選手です。

昨年のRISEの ルーキーズカップの3位の選手です。まさに登り龍の選手…(ФωФ)

しかも175センチの長身です!

今回は不安要素がものすごくありました。

まず3分3ラウンド戦うのは、1年前のPRINCE KCの吉元選手と戦って以来一年ぶり。

そして3週間前の2月21日には、ナイスミドルに出場し、福岡のリアルディールの元プロ選手の強豪・湯浅選手と戦い、右フックをもらい、たった一発でダウン。

人生初の1ラウンドKO負け(29秒)を喫しているばかりです。

体重は昨年の年末から調整し、今回はナチュラル体重で60キロをずっとキープ。

試合の当日も朝に鉄火巻き、行きの車で普通にスポーツドリンクやオヤツを食べながら行きました。

会場に入って当日計量を59・6キロくらいで余裕のパスでした。

試合は…(ФωФ)…

…(;・ω・)…

結果から言うと3分3ラウンド、フルに戦い判定負けでした。

これを見ている僕の友人は現役の選手も多いですので

これを言ったら怒られそうですが

今回は勝ち負け全く無視で試合のテーマが「無事に帰ってくること」でした。

僕は今年の5月で44歳になります。

今は43歳と10ヶ月ですね。

プロのキックボクシングのリングに上がる選手としては若くは無いです。

そんな僕が今でも闘う理由は二つほどあります。

一つの理由は今はまだ話せませんが

もう一つは僕が「戦うのが怖い」と言うのが理由にあります。

僕のことを悟空やベジータのような戦うのが好きな、戦闘民族サイヤ人と勘違いしている人もいますが

実は違います(ФωФ)ボクハ ヤムチャカ、クリリンカナ…

キックボクシングの練習は好きです。

だけど試合で闘うのは好きではありません。

試合前、怖いです。

ふとしたことで試合の日付が目にはいる。

「ああ、この日にまた闘うのか…」と思うと逃げ出したい気持ちになる。

試合の何日か前になると「いまから○○時間後には試合か…無事に終わってると良いなぁ」とか思う。

そんな感じの不安や恐怖が毎回ある。これは慣れない…

だからそこから逃げ出したくなる。

数年前、僕が40歳すぎたとき、ふと思いました。

指導で忙しいを理由に試合から遠ざかっていました。

そんなとき思いました。

「…間違いなく僕も生きていたら80歳、90歳…となって行くよなぁ。

その時から逆算して振り返ったら今の40歳の年齢は若いとか言う次元ではなく、何でも出来る年齢だよなぁ…

それを『選手としては若くないから』とか正当化して

怖いことから逃げようとしてるだけじゃないのか?オスカー、お前いつからそんなチキンになった?チキンは食べるフライにして食べるのは美味しいけど、自分からチキンになったらダメだろう?腰抜けで良いのか?」

と自分に問いかけたら

「嫌だ。」と僕の内面はハッキリ言う。

なら答えは簡単です。その自分が恐れていることをやれば良い、

と思いました。

自分が怖いこと、恐れていることにフタをしてそこから逃げて

他の何かをしても必ず「フタをした」ことは一生、ついて回ると思いました。

極真空手の創始者の大山倍達先生が言われてました。

「男は逃げたケンカは一生ついて回る。」

もし僕が高所恐怖症だったら僕はあえて高いところで仕事をする鳶職を選びます。

僕が人前で話すのが苦手なら僕はアナウンサーの仕事を目指します。

自分が恐れていることに挑戦すれば他のことが簡単になると思ったからです。

だから僕は今、この年齢で戦っています。

僕がどのくらい逃げて来たかは過去の試合数を見ても簡単に分かる。

2005年1試合

2006年は2試合

2007年も2試合

2008年1試合

2009年3試合

2010年と2011年は1試合…
と言った感じです。

7年間で10数試合だけ。

もし僕が戦うのが好きな戦闘民族サイヤ人なら、こんな試合数にはならないでしょう?

この数字が僕が戦いから逃げて来た何よりの証明です。

それが腹を決めてリングに戻った2014年の3月から今日までの2年で

アマチュア10試合、プロルール7試合戦いました。

今でも試合前は怖いです。

だけど等身大の自分がそこにいる。

肩書きも学歴も職歴も、何にもない。素っ裸の自分がいる。

自分を見つめる。自分に問いかける。内なる自分に何度も問う。

自分自身で何回も会話をする…

いろんな作業をして試合の当日を迎える。

そして勝とうが負けようが試合でKO負けしようが試合で骨折しようが

何にしろ無事に終わる(とりあえず命はある、と言う意味)

そして次の日の朝、当たり前に太陽は昇る…

どんなに辛いことや苦しいことでも、その時がくれば終わる、ということを学べる。

僕は試合が終わった次の日の朝、一人でファミレスに行くのが好きです。

そしてドリンクバー頼んで、甘いものを食べる…

ファミレスの窓ガラスから外の風景を見る。

当たり前の光景だけど、その当たり前の光景に生きてる実感を感じることが出来る。

この瞬間「生きてるって良いなぁ」と思う。

成長した自分を実感しながら飲む一杯のコーヒーに至福の時間を感じる。

いまの僕はプロの選手としてテッペン狙える訳ではありません。

だけども、今のこの僕の年齢で闘うことにより逆に何らかの影響を人に及ぼすことが出来るようになったみたいです。

大分に何人か僕の試合を楽しみにしてくれるファンがいるみたいで(笑)

いまの僕にとりキックボクシングの試合に出場することは

自分を高めること、人に何らかの影響を与えること

これから先の人生と言う戦いの場において、闘うための土台作りをすること…

色々な意味を持っていますね。

戦うと言うのは怖いです。

試合前は減量があり、時には試合の前に水抜きする。

水抜をしてノドがカラカラになると

水を飲む夢を見ることがある。

この飽食の日本で

餓えと渇きを経験できる。

飲もうと思えばいつでも飲める水、食べようと思えば摂れる食事や栄養。

でも世界では何億と言う人たちが

いまもこの瞬間に餓えと渇きで死んでいく…。

その餓えと渇きを疑似体験できる。

水を飲める、飯が食えるのは当たり前では無いと学べる。

それが感覚的に分かる。

試合前の直前、ナイフを首筋にでも突きつけられたような感覚の恐怖

(僕はナイフを突きつけられたことは無いけど…(ФωФ))

でも世界ではアチコチで紛争があり毎日、恐怖と戦っている人たちが何万人といる…

たかが格闘技の試合で甘ったれたことは言えない。

こういうことを看護学校の先生をされている方に話したら

「私が手術をしたときも、手術前の恐怖はそんな感じだったかな」と言われました。

やはり経験に勝るものは無いと思われます。

「賢いものは歴史に学んで愚か者は経験に学ぶ」と言うことわざがある。

(賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶ)

僕は経験に学ぶ、典型的な愚か者ですね。

だけど、格闘技を通していろんなことを学び自分が成長する。

そして成長した自分が、この社会に何らかの役に立つような働きをする…

そう言う意味において

このキックボクシングという競技は

僕の内面をものすごく高めてくれていると思いますね。

今回の杉本戦では

試合中に

自分からロープにもたれかかり、手招きして「打ってこい!」

と何故かやってみたりしました。

自分からロープ背にして、手招きして、

そしたら杉本選手が「よっしゃ」とばかりに大きくうなずき
襲いかかって来ました(笑)

で、ガードの上から何発もパンチをもらい

実は耳にパンチが入って痛かった(笑)

初めてあんなことしました。

でも試合中に、そう言うことをしたくなる何かの雰囲気みたいなのがありました

怖かったけどなんか楽しい試合でしたね…(ФωФ)

相変わらず長い文面になりましたが(笑)

…今大会を開催してくださったprince KCの町田真吾会長、ありがとうございました。

応援してくださった大分の皆様、ありがとうございました。

対戦してくださった 杉本 祥 選手ありがとうございました。

激励賞をくださった栗秋 祥梧選手(REVOLUTION58キロ級、一心59キロ級、STIR60キロ級チャンピオン)

ありがとうございました。

セコンドについてくださった原田さん、ありがとうございました。

ユキちゃん、ありがとうございました。

いかんともし難いエピソードの金字塔を立て続ける岡村選手、ありがとうございました。

会場のトップスビッツホール、ありがとうございました。

そして、ここまで読んでくださった奇特なあなた、ありがとうございました(^_^;)

最後に、アメリカ合衆国大統領だったフランクリン・ルーズベルト、

その奥さま、つまりファーストレディーのエレノア・ルーズベルト夫人の言葉をお借りして終わらせて頂きます…。

「目の前の恐怖に真っ向から立ち向かう経験をするたび、

あなたは強さと勇気と自信を身につけることができるのです。

そして、「この恐ろしいことが切り抜けられたのだから、次にどんなことが来ても大丈夫だ」と言えるようになる。

自分にはできないと思うことをやってみなさい」

~エレノア・ルーズベルト~

もう、若杉が二十歳かそこらの頃からお付き合いさしてもらってます。

ほんとキモイオヤジなんです。

いっつもキモイ事ばっかり言ってさ

いっつもキモイ顔でさ

いっつもあたりまえに試合してさ

いっつもあたりまえに若杉の前に現れてさ

ほんっとキモイ!

 

けど、カッケェ・・・・

 

オヤジ・・・・・カッケェ。

若杉もこんなカッケェオヤジに成れたらいいなぁ。と稽古してます。

いっつもキモイが勝負は一瞬

マジでキモイ!

追記・民主党の公約が奨学金の無償化だそうです。嘘つき政党はどっか行けっ!

防衛大学校で任官拒否が増えているそうです・・・・駄目だろー

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